卒業−序章−

小鳥のさえずりが聞こえる緑豊かな森の奥に、一軒の家があった。その家の 中で、長い黒髪が特徴的な一人の女性が椅子に腰をかけ、一冊の本を読んでい る。女性といっても、その姿は、どちらかといえば十代後半の、少女の面影が 僅かに残るくらいの年齢にしか見えない。その目は虚ろで、先ほどから今にで も眠ってしまいそうに、こくり、こくりと頭を前後に動かしていた。 　そうこうするうちに彼女の体からは力が抜け始め、読んでいた本が徐々に手 から放れていく。しばらくすると、その本は厚みがあったこともあってか、自 らの力でぱらぱらとページがめくれて閉じてしまい、そのままの勢いで落下し た。 　ごとん、という本が床に落ちる音が家の中に響くと、彼女はびくっと肩を振 るわせて目を見開き、辺りを見回した。その瞳は右の目の色が黒く、そして左 の目の色は碧かった。 「やだ、私ったら」 　そう言いながら床に落ちた本を手に取ると立ち上がって、すぐ側にある本棚 にその本を戻そうとした。その際、この本を収めていた本棚の奥に、一枚の写 真が僅かに見えていることに気がつく。 　どこかの本の間に挟まっていたものが抜け落ちたみたいな感じがするが、と りあえず彼女はその写真を、やぶれないように気を使いながら取り出した。 　そして、手に持っていた本を本棚に戻し、写真を見た瞬間、彼女の心はある 郷愁感に包み込まれる。 　その写真には、学校の制服を着て、手に卒業証書を入れる筒を持った笑顔の 彼女と、赤いリボンで髪の毛を結い上げ、無表情のままでいる女生徒が写って いた。 「美……夕……」 　しばらくその写真を見た後にそう呟くと、写真をすぐ側にあるテーブルの上 に置き、本棚を上から下まで見始め、やがて皮の表紙で出来た一冊のアルバム を手に取った。 　そのアルバムをテーブルの上に置き、そっと表紙を開く。すると、そこには かつて彼女が通っていた学校の姿が、そのままの形で納められていた。 　しばらく、その学校の写真を見たあと、静かにページをめくり始める。何か を思い出すのか、時々手を止めて見入ってしまうこともあったが、そのまま最 後までページをめくり続けた。 　やがて、最後のページに辿り着いたとき、そこには数枚の写真が入った袋が 挟み込まれていた。その袋から写真を取り出すと、彼女は一枚一枚、確かめる ように見始める。 　その何れにも、今と殆ど変わらない姿の彼女が笑顔で写っていたが、そのこ とは問題ではないようだった。やがて、その写真の中から、数枚の写真を選び 出し、それを先ほどの写真と一緒に並べた。 　並べられた写真。そのどれにも、彼女と二人きりで写るもう一人の、赤いリ ボンをした女生徒の姿が写っていた。 　後ろから抱きついたり、肩を組んだりしている写真で、常に笑顔の彼女とは 対照的に、赤いリボンの女生徒はどれを見ても無表情だった。 「もう、あれから何年経ったかな……美夕……」 　そう呟いて笑みを浮かべると、彼女は写真に写っている赤いリボンをした女 生徒の姿をそっと指でなぞった。

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