過ぎていく夏の日　−心の友−番外

あいつを感じ取れなくなって、どれくらいの年月が過ぎただろうか。俺はす でに、日々の日常から生まれる雑踏に流されていたので、心の友と称したあい つとの貴重な思い出を忘れていた。 　その日も俺は、暑い夏の日差しの中を汗だくになりながら大学から駅への道 を歩き続けていた。毎日のこととはいえ、いい加減うんざりする程の暑さ。本 当なら、こんな日は冷房の効いたバイト先で過ごしたい気分だが生憎と今日は そのバイト先が休みだった。だから、久しぶりに講義にでも出てみようかと思 ったのがそもそもの間違いだったかもしれない。 「あっちぃなぁ〜」 　独り言のようにそう呟き、汗を拭ったが、そんなことで暑さが和らぐはずも なく、むしろ余計に暑さが増すような気がした。俺は仕方なく、途中にあるコ ンビニに入ってアイスキャンディーを買い、それを食べながら再び歩いていく。 しかし、駅前に来る頃には既にそれも食べ尽くしてしまい、更に駅前の混雑に よって生じた暑さが、余計に俺の気持ちをうんざりしたものに変えていった。 　私立の学校が多いこの辺りは、下校時間帯になると他の学校の生徒で混雑す る。高校や中学の制服を着た、俺から見ればお子さまの連中だ。かつて自分に も、そんな年齢の時があったという思いはあるが、今見てみるとかなり鬱陶し い。正直言って、あまりその中に足を踏み入れたくないという気持ちだ。まあ、 女子生徒に周りを囲まれるのなら話は別だが。 　そんな煩悩に頭が支配されつつある時、行き交う人々の中に、ある女生徒の 姿が目にとまった。夏だというのに肌は色白く、髪の毛を頭の上で丸く結い上 げ、赤いリボンをしている。その瞬間、俺の脳裏をかつての記憶が蘇ってきた。 「……美夕」 　俺は思わず、その女生徒の後を追いかけた。しかし、行き交う人々の中に紛 れてしまった彼女を見つけることは出来なかった。 「美夕……」 　へとへとになり、道の端に座り込んだ俺はもう一度その名前を口にする。か つて出会った吸血姫の少女。そして、まだ子供だった俺が惚れた女。俺の性格 のせいで、相手にもされなかったが、それでも俺にとっては大切な思い出の一 つだった。 　座り込んだまま呼吸を整えていると、ふいにあいつのことが俺の脳裏をよぎ った。つねに、俺と共にあった死すべき神魔のことが。 「そういえば、あいつは……」 　今はもう感じ取ることも出来ない。それを思うと、今更ながら寂しい気持ち になり、俺はしばらくその場から動けなかった。

☆　　　　☆　　　　☆

次の日から数日の間、俺は駅前で美夕の姿を探した。でも、もうその姿を見 つけることは出来なかった。 　あれは美夕だったんだろうか。ふと、そんな思いが脳裏によぎる。だけど、 彼女の宿命を知っている俺は、はぐれ神魔を探しに旅立ったのだろう、と一人 納得してもいたのだった。 　空を見上げると、過ぎていく夏の日が溢れんばかりにこぼれている。その光 のを受けて、俺は今日も変わらない、人としての日常に身を任せていた。 　 過ぎていく夏の日　−心の友−番外（完）

あとがき